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送る言葉

実は家内が今年の3月まで息子が通う小学校のPTAの役員をしていた。それで卒業式で「卒業生を送る言葉」を朗読することになった。大役である。あれこれ悩んだ結果、「クレオ愛の学校」の作者の言葉を引用したスピーチになった。
これが結構よかった(もちろん彼女の手柄ではなくイタリアの作家の手柄である)。世界中の子どもたちが学校へ通う様子をスケールの大きな視点で描いている。ひょっとすると谷川俊太郎はこの文章を読んで「朝のリレー」を思いついたのではないかと思ったりもした。以下、引用の引用を行う。

送る言葉
 6年間、楽しいこと、つらいことなど様々な経験をつんで、この卒業式を迎えることができた6年生の皆様、本当におめでとうございます。今日は日本全国、まだ雪の残っている北海道から、夏のような日差しの沖縄の小学校まで、何百万という小学生が同じように卒業式を行っていることでしょう。あなた方それぞれも、その中の一人です。
 そこで、私はイタリアのアミーチスという作家がちょっと学校嫌いな息子のエンリコに送った文章を読んで、送る言葉といたします。
「考えてごらん。朝が来ると、ほとんど数えきれないほどの子供たちが、あらゆる国で学校に出かけていくのだということを。そういう子供たちの姿を頭の中で想像してごらん。
 静かな村の小道を歩いて行く子供もあれば、騒々しい都会の通りを通う子もある。海や湖の岸に沿って焼け付くような太陽の下を行く子もある。運河のたくさん入り混じった国では船で行く子もあるし、大きな平原では馬に乗って行く子もある。そうかと思えば、雪の上をそりで行く子もあれば、谷をわたり、丘を越え、森を抜け、急流を横切り、さびしい山道をたどる子もいる。
 あるいは一人で、あるいは二人で、あるいは群れをなして、あるいは長い列をつくって、みんなそれぞれに本を背負って、色とりどりの服装をして、様々な言葉をしゃべりながら、氷の中にほとんど閉ざされているロシアの果ての学校から、シュロの葉かげのアラビアの小さな学校にいたるまで、何百万、何千万という子供たちが、みんな同じことを、いろいろ違った形で習うために学校へ行くのだ。
 この様々な国の子供たちの大きな群れを想像してごらん。あなたもその中の一人だ。この途方もなく大きな動きを想像してごらん。そして考えてごらん。
 もしこの大きな動きが止むようなことがあれば、人類は再び野蛮な状態に陥ってしまうだろう。この動きこそ世界の進歩であり、希望であり、名誉なのだということを。だから勇気と元気を出しなさい。」
 私も皆さんの新しい出発のときにあたって、同じように思います。勇気と元気を忘れないでください。
 長い間、教えはぐくんでくださった先生方に感謝をささげるとともに、諸行事に協力をいただいた父母の皆様のご協力にお礼を申し上げて、私の送る言葉といたします。


日本中で何百万の小学生が卒業するというくだりは少子化のもとでは少し大げさだったと思うが、他の来賓のあいさつよりはずいぶん気がきいていた。
ところで、最近の卒業式では「仰げば尊し」を歌わないのですね。何かわけのわからん歌謡曲を歌ったりしていた。やっぱり卒業式は「仰げば尊し」でしょうと思うのは僕だけだろうか。