北海道に行ってきた。札幌から列車で1時間、深川という小さな町に拓殖大学北海道短期大学という、これまた小さな大学がある。僕が深川を訪れた日は雪と風が激しく、まさしくその小さな短期大学は吹雪に吹き飛ばされそうに見えた。
少子化という嵐の中で、これから少なくない数の大学や短期大学が消えていくことになる。この短期大学も、ひょっとしたらそういう運命をたどるかも知れない学校のひとつだ。
少なくとも、僕は深川の駅に降り立つまではそう考えていた。
拓殖大学北海道短期大学で、22年前から在学生によるミュージカルが行われている。経営経済科、環境農学科、保育科の3学科制で、1学年280人。2学年の学生総数600人あまりのうちの百数十名が参加して本格的な公演をするのだという。観客は地元深川市や旭川近辺の人たち。ぜひ一度、このミュージカルを見に来てほしい。仕事の関係で知り合った拓殖大学北海道短期大学の副学長の誘いで、僕は北海道までやってきたのだった。
短大の若い職員が車で駅まで迎えに来てくれていて、まずは短大のキャンパスを案内してもらう。校舎はこぢんまりしているが、広大な実習農場が附属していて、ここでは「きたのむらさき」という黒米の開発に成功したという。この黒米が体にいいこと、糖尿病を発症させたラットの血糖値を下げるはたらきが他大学の研究で証明されたこと、また地元のパン屋さんがこの黒米を混ぜたパンを売り出したところ月間100万円を超える売上を記録したといったことを、先ほどの若い職員が熱っぽく語る。
彼はこの短期大学の出身で、いま実習農場の管理をしているという。冬場は雪かきで忙しい。小さな短大をしっかりと支えている爽やかな若者だ。
それからあわただしく食事をとり、ミュージカルが行われる深川市の文化交流ホールに向かう。いつものことながら、雪道を巧みに運転する北海道の人たちの技術に舌を巻きながら。
会場は満員の盛況だった。旭川方面からは貸し切りバスで市民がやってきている。見たところお年寄りが多い。この公演は、地元では年に一度の大切なイベントとして受け入れられているようだ。
さてミュージカルが始まった。演目は「メッセージ」。ドライブ中の事故で死亡した若者5人が、天国に行くまでの短い時間をこの世で過ごす。ただし普通の人には彼らの姿が見えないし、声も聞こえない。そしてそのうちの一人の若者がかつて交際していた女性に危険が迫っていることを知る…。
ストーリー自体に新奇性があるわけでもないし、ところどころ雑な展開もあった。しかしそんなことはどうでもいい。というか、まったく気にならない。素晴らしい「本物」のミュージカルが、2時間半にわたって演じられたのだ。
役者たちの演技、歌、踊り、どれをとっても「本物」だった。笑わせるところは心から笑わせ、泣かせるところはしっかりと泣かせる。くっきりとしたキャラクター。しっかりと通る声。それから大道具も、小道具も、衣装も、メイクも、照明も、音響も、どれをとっても一分の隙もない出来だった。
これが、俳優養成学校ではない普通の短期大学の、1年生と2年生がわずか4か月の準備期間でなし遂げたことなのだ。
公演が終わってロビーに出ると、出口のところに出演者やスタッフがずらりと並んで観客を見送っている。学生たちはステージ衣装で、あるいは黒子の装束で、深く頭を下げて大きな声で「ありがとうございました」とあいさつをしている。涙でメイクがぐしゃぐしゃだ。おばあちゃんたちは学生一人ひとりを抱きしめるようにして、公演が素晴らしかったことを一生懸命に伝えている。
僕もそんな観客と一緒に雪が舞う外へと出た。
これは北海道の小さな短期大学が起こした小さな奇跡だ。
もちろん拓殖大学北海道短期大学は、偏差値でいえばFランク。つまり入学する意思があれば誰でも入れる短期大学だ。だが入学してからが違う。少なくともこのミュージカルに参加した学生は、マネジメントとクリエイティブという2つの分野で「成長」と「感動」の得難い体験をして社会へと出ていくのだ。またこの短期大学は、4年制大学で学びたいという学生のほぼ100パーセントを東京の大学へと編入させている。4年制のマンモス大学で2年間を漫然と過ごした学生と、北海道の小さな短期大学で中身の濃い、強烈な体験をして編入してきた学生と、おそらく3年次4年次で大きな差がつくはずだ。
ミュージカルが終わって開かれた「反省会」にも僕は出席した。3時間あまり、学長に始まっていろいろな先生たちの「感想」「賞賛」のスピーチが続く。後半には僕も話した。その3時間、とくに指示があったわけでもないのに、学生の携帯電話がただの一度も鳴らなかった。他大学で百数十名の1年生、2年生が集まって、こうしたことが考えられるだろうか。3時間も大人の(ときにくどくて面白くない)話をしっかりと背筋を伸ばして聞いていられる若者たち。これも、小さな奇跡の一面である。この短期大学は、決して消えてはいけない。
日本にも、まだ知られていない素晴らしい教育実践があるのだということを思い知らされたミュージカルだった。